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神戸地方裁判所 昭和35年(わ)873号 判決

被告人 山下登

昭三・七・一生 大工

主文

被告人を死刑に処する。

理由

(被告人の経歴及び本件犯行に至るまでの行動)

被告人は本籍地において出生し、垂水尋常小学校を卒業後高等科に進学したが、家庭が貧困であつたため中退し、その後馬丁、家業の植木職手伝、建具職見習、大工見習等転々としてその職をかえ、昭和一九年頃川上春子と結婚して一子を設けたが、その後被告人が賭博資金に充てるため強盗を働き、昭和二二年懲役七年に処せられ、控訴して勾留執行停止で出所中、再び強盗予備、強盗未遂、窃盗罪を犯し、昭和二三年懲役三年に処せられ、両刑併せて服役したため同女とは自然離別し、昭和二九年九月出所後は刑務所で習得した指物大工として生計を維持し、昭和三二年には再び住居侵入、傷害罪で懲役八月に処せられて服役したが、昭和三三年春仮出獄後現在の妻すま子と結婚し、昭和三五年一月頃からは独立して建築請負業を初めるに至つた。

かくして、同年六月五日自己の請負工事代金を入手し、たまたま喫茶店で出会つた友人溝本唯勝及び電話で呼び出した青木成彦と三人で神戸市兵庫区福原町に赴き、バー、浮世風呂、お座敷サロン等数軒飲み歩いて遊興を重ね、所持金一七、〇〇〇円位を殆んど費消し右青木とは途中で別れ、右溝本と二人でタクシーに乗車して自宅附近まで帰り着いたのは翌六日午前二時頃になつていた。

(罪となるべき事実)

被告人は右溝本と神戸市垂水区東垂水町字中島一三九五番地溝本方前附近でタクシーから下車し、同人と別れて一人帰途につくうち、所持金は殆んど使い果してしまつたし、多額の借財があつて明日にでも債権者がその取立に来るかも知れないこと等を思い浮かべ、以前株主で金を蓄えていると聞いたことのある同町東高丸一三六三番地広多とみ方において金員を窃取しようと決意し、同日午前二時過頃同家に赴き、その裏口に廻つて勝手口の扉を開き、土足のまま炊事場、台所を通つて奥六畳間に至つたところ、背後から前記とみの三女広多耐子(昭和九年八月二日生、当時二五才)に「こら」と誰何されたため、東側及び南側の雨戸に体当りして逃走を企てたが、右雨戸がはずれなかつたので、右部屋に接続する南六畳間に飛び入るや、木槌を振上げた前記耐子と対面するに至つた。そこで、逮捕を免れ且つ罪証を隠滅するため咄嗟に殺意を生じ、同女の所持する右木槌を奪い取るが早いか同女の頭部をめがけて強打し、同女の叫び声に目をさまして起き上ろうとする母広多とみ(明治三〇年八月二〇日生、当時六二才)をも殺害すべく、同女の頭部を右木槌で強打し、更に相前後して右両女の頭部を数回ずつ右木槌で連打し、右とみをして脳挫創によりその場で即死させ、右耐子をしてその場に失神昏倒せしめた後、右両女が既に死亡したものと考え、右犯行を隠蔽するため同家家屋を焼燬しようと決意し、その頃前記南六畳間において、右とみの屍体及び失神昏倒せる耐子の身体の上に、その場にあつた箪笥、屏風等を引倒し、所携のマツチで右屏風に点火して放火し、漸次燃え拡がらせて間もなく右家屋一棟(木造瓦葺平家建、建面積約七二・六平方メートル)を全焼せしめ、以て右広多耐子が現に住居に使用し、且つ現在する右家屋を焼燬したうえ、右耐子をして前記暴行による頭部挫創及び右火災により死亡せしめたものであるが、放火当時被告人は右家屋に前記耐子が未だ生存していたことを知らず、死亡しているもの即ち現に人の住居に使用せず且つ人の現在しないものと誤認して放火したものである。

(証拠の標目)(略)

(強盗殺人を認定しなかつた理由)

本件起訴状記載の公訴事実は、被告人は(中略)三女耐子に発見されたので、むしろ右両名を殺害して金員を強取せんことを企て、同家六畳の居間において、木槌をもつて右両名の頭部を乱打し、よつて右とみをして脳挫創によりその場に即死せしめ、右耐子をしてその場に失神昏倒せしめた後、金員を強取せんとしたが、金員を発見できなかつた。そこで右犯行を隠蔽するため、同家家屋を焼燬せんことを決意し、その頃前記六畳の居間において、右とみの屍体及び失神昏倒せる耐子の身体の上にその場にあつた箪笥、屏風等を引き倒し、所携のマツチで右屏風に点火して放火し、漸次燃え拡がらせて間もなく右家屋一棟を全焼せしめ、もつて人の住居に使用する右家屋を焼燬した上、右耐子をして焼死せしめたものである。」というのであつて、訴因は強盗殺人、放火である。

強盗の犯意についての関係証拠は、僅かに証人松下喜代太の当公廷における供述、同人の検察官に対する供述調書中、同人が被告人に「金はあつたのか」と尋ねたのに対し、被告人が「そんな物はなく通帳ばかりだつた」と答えた部分のみであり、却て被告人はその検察官に対する第四回供述調書(第二検甲6号の4)中において、検察官の「君は母娘の家に入つて金や物をとるためあつちこつち探したようなことはないか」との問に対し、「そのように探したことはありません、娘に声をたてられてから後はこわくて金や物を探すだけの根性がありませんでした」と答え、更に、被告人の司法警察員に対する供述調書(第二検甲7号の7)中において「金は一〇万や一五万はあるだろうと思つたが、金品を物色する余裕がなかつた」旨述べており、前記松下喜代太の供述部分からは、被告人が当夜広多方でいずれかの場所に在つた通帳を目撃したことを認め得ても、これを以て直ちに金品物色行為があつたとは即断できず、仮に、被告人が金品を物色したとしても、その物色の場所、態様は勿論それが殺人の実行々為以前であつたか以後であつたかは明らかでないばかりでなく、本件証拠上は当夜被告人に強盗の犯意があつたと認定することは困難である。また刑法第二三八条の事後強盗に該る場合に、その犯行の機会に同条所定の目的を以て人を殺害した場合は、たとえ窃盗が未遂であつても、同法第二四〇条に該当するものと解せられるが、同法第二三八条に該当するには窃盗の実行の着手が必要である。

これを本件において考えるに、窃盗の目的で広多方に押し入つたことは前掲証拠により認め得るが、前段認定のとおり未だ金品の物色行為があつたとは認め得られないから直ちに窃盗の実行の着手と観るのは困難である。

従つて、本件公訴事実にいうように、広多とみ、同耐子の両名を殺害して金員を強取せんことを決意して右両名に暴行を加えたもの、或は窃盗犯人がその逮捕を免れ若くは罪跡を湮滅する為め、暴行を加えたものと断定するだけの証拠なく、かえつて前叙認定のとおり、窃盗の目的で広多とみの前記家屋に入つたところ、金員物色のいとまなく、広多耐子に発見され、逃走を企てたが果されなかつたので逮捕を免れかつ罪証を湮滅する為め右両名を殺害したことが認められる。よつて、強盗殺人の点は判示のとおり単純殺人と認定したが右強盗の点は刑法第二四〇条所定の強盗殺人の一罪の一部であるから特に主文において無罪の言渡をしない。

(法令の適用)

被告人の判示行為中広多耐子、同とみに対する殺人の点は各刑法第一九九条に、放火の点は同法第一〇八条に該当するところ、放火の点は、被告人において本件家屋に広多耐子が未だ生存していることを知らず、既に死亡しているもの即ち人の住居に使用せず且つ人の現在しない建物と誤認して放火したものであるから、同法第三八条第二項に則り同法第一〇九条第一項により処断すべく、以上は同法第四五条前段の併合罪であるが、後記情状を考慮して広多耐子に対する殺人罪につき所定刑中死刑を選択するので、同法第四六条第一項に従い、他の刑を科さず、よつて被告人を死刑に処し、訴訟費用については、被告人が貧困のためこれを納付することのできないことが明らかであるから刑事訴訟法第一八一条第一項但書を適用して被告人にこれを負担させないこととする。

(量刑についての判断)

被告人は判示「被告人の経歴」欄記載のとおり、昭和二二年八月から昭和三二年一一月までの間強盗、強盗予備同未遂窃盗、住居侵入傷害罪により処罰せられ、前科三犯を有し、少年時(初犯当時一九年)から凶悪犯に与し、早くもその頃から反社会的人格形成の徴表を窺うことができ、本件犯行もまたその性格の発現と観るべきである。

本件犯行は判示のとおり自己の金銭的慾望を充たすため屋内に侵入したものの、たちまち発見誰何され、相手がか弱い女性二人のみとみるや、何らの恩怨なき老婆とみ及びその娘耐子の二人までも惨殺して貴重な生命を奪い、あまつさえ罪証湮滅のため放火して、同女らの居住していた家屋を死体もろとも全焼させた行為はまことに惨虐非道、人命軽視の最たるものであり、一片の情状酌量の余地なく正に天人ともに許さざる大罪というべきである。

近時教育刑論の立場から死刑廃止論の存することは首肯できるけれども、およそ刑罰が教育的目的を有することはいうまでもないが、その基本的理念として応報的性格を有することも見逃してはならない。悪に対し悪の応報があり、善に対しては善果のあることは人類の普遍的倫理である。さればこそ、わが刑法において極悪非道の犯罪に対しなお且つ死刑を存置しているゆえんである。

ひるがえつて、被告人の利益として考慮さるべき情状の存否につき考察するに、被告人は幼少時家庭的環境に恵まれていたとは認められず、尋常高等小学校すらも中途退学し、長じては一旦結婚して一子を設けたが、判示冒頭記載のとおり妻とは自然離別し、出所後現在の妻女すま子と結ばれ、正業にも就き、一時は円満平和な家庭生活に恵まれ、真面目に稼働していたようであり、本件犯行後は良心の苛責に堪えず、自殺まで図つたが果さなかつた事実も窺えること更には、逮捕拘禁後その妻に対し被害者の冥福を祈るべく指示しおること(神戸拘置所長作成の「接見表の送付について」と題する書面(第三検甲19号)に徴し推認できる)等未だ一片の良心の存在が認められ、被告人の改過遷善必ずしも不可能と断じ去ることもできないものがある。

然しながら、被告人の本件犯行によつて社会に与えた不安と恐怖も重視しなければならず、当裁判所としては社会の平和及び秩序の維持、犯罪の防遏という使命に顧み、犯罪の一般予防の見地から、前記被告人に有利な情状を考慮に入れても、なおかつ、この際被告人に対し極刑を以て臨み、その刑責を問うのほかなしとの結論に達した次第である。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 福地寿三 細見友四郎 西池季彦)

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